5拍子のワルツ集

クラシック音楽、アマチュアオーケストラ、ワイン、映画、テレビドラマetc.を勝手に語る

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このところ聴く機会があった(夏の夜の夢、宗教改革)メンデルスゾーンについて、前から思っていることを少し。

メンデルスゾーンって、確かに「夏の夜の夢」や「フィンガルの洞窟」、「バイオリンコンチェルト」など、非常に整った高い完成度の曲を残していますが、これらは「書けてしまう曲」であって、彼が本当に「書きかった曲」ではなかったのでは?と思います。

若いころ書いた「宗教改革」、「イタリア」が大きな番号であるのは、生前出版するのを認めなかったからですが、凡人が聴く限りはこれで十分、ほとんど完璧のように思います。でも自身はこれで満足せず、機会を見て改訂を進めていたようです。

メンデルスゾーンの改訂作業に関する解説はあまり目にしたことはありませんが、「イタリア」や「スコットランド」の改訂途中の稿の演奏を耳にしたことはあります。私の耳には、どちらも?でした。重々しくゴツゴツ、敢えて完璧な造形を崩して新たな次元を目指して苦闘してるような印象を受けました。

彼が本当に「書きたかった曲」は、「書けてしまう曲」とは全く違う精神世界の深淵を描いたような曲ではなかったのではないでしょうか?何と言っても、ベートーヴェンを崇拝し、大バッハを復活させたメンデルスゾーンですし・・・。
「宗教改革」にも満足できず「破り捨てたい位だ」と言いながら改訂を考えていたのは、「イタリア」、「スコットランド」よりも「書きたかった曲」に近い内容を持っていたからでは?という気がします。





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先日のモーツアルトの40番、ブルックナーの5番を聴いて、シンフォニーの繰り返し指示について少し考えてみました。

先日聴いたモーツアルトでは、多分、キチンと指示通りリピートしていたと思います(2楽章、4楽章がなかなか終わらなかった)。そう言えば最近行ったコンサートでは、エロイカは当然として、ブラームスの1番や3番の1楽章、メンデルスゾーンのイタリアの1楽章など、提示部の繰り返し指示をキチンと実行した演奏が多いように思います。

ただ、正直なところを言うと、モーツアルトの40番の1楽章のリピートは”儲けた”という感じですが、4楽章の繰り返しは、疾走したはずの悲しみが戻ってくる感じがして、個人的には不要と思います。

エロイカはどっちでも可。ブラームス3番も、元々短い曲なのでどちらかと言うとリピートはwelcome。でもブラームス1番は、あの4楽章へと続くこれからの遥かな道のりを考えると、「無理してリピートせずとも良いのでは?」と思います。

ブルックナーは良く知らないのですが、少なくとも5番は展開部の最初に導入部が戻ってくるという、ベートーベン第9やブラームス4番と同じ手法を採っており、元々提示部の繰り返しが入り込む余地を許さない構造ですので悩みは生じません。

ただ、最後に繰り返しの要否について意見が分かれるのはしょうがないとしても、繰り返すばかりにテンポが変わってしまうということがあるのなら、それは良くないと思います。女性のスカートの丈と同様、その曲に相応しいテンポも時代とともに変わっていくのでしょうが、そうは言ってもその楽想に相応しいテンポが、繰り返しを行うばかりに変わってしまうのは如何なものかと思います。

あと、ベートーヴェンにしろブラームスにしろ、最後のシンフォニーでは繰り返しを指示しなかった訳ですから、「楽譜に書いてあるからその通りに演奏するべき」とも言い切れない気がします。もっと柔軟に考えて良いと思います。

そんなこんなで、これから行くコンサートでは繰り返し指示への対応状況も注意して聴いてみたいと思っています。





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今日聴いたブルックナーの交響曲第5番について少し(妄想かもしれませんが・・・)。

5番の持ち味はと言っても対位法を駆使した巨大なフィナーレでしょうが、このフィナーレに似ていると思うのは、ベートーヴェンのハンマークラヴィーアのフィナーレ、弦楽四重奏の大フーガです。3曲とも変ロ長調、その巨大さ、やり過ぎ的な複雑さ、相通じますよね。ベートーヴェンは、第9で合唱を入れてしまったので交響曲でこういう曲を書くチャンスを逃した?のですが、交響曲で書いたとすると、ブルックナーの5番のフィナーレみたいな曲になったんでは?と思います。



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今日は、このブログをスタートして初の「5拍子のワルツ」(悲愴)を聴きに行きました。日曜日の夜のコンサートにもかかわらず、大かた満員の盛況です。


東京理科大学管弦楽団 第52回定期演奏会
日時: 2011年11月6日(日) 18:30開演(18:00開場)
場所: 新宿文化センター大ホール
チャイコフスキー/交響曲第6番「悲愴」
エルガー/独創主題による変奏曲(エニグマ変奏曲)
指揮:川合 良一

基本的に理系の大学(経営学科がある)ということもあってか、女性がやや少ない感じはしました。それでもHP等を見ると、学生の2割弱は女性の由。学年規模も意外と大きく(1学年4千人弱)、かなりメンバーもいます(悲愴は第1、第2Vnだけで30名)。

川合さんの指揮は正にダイナミック。早めのテンポでぐいぐい引っ張り、オケが懸命についていく感じ。調子も尻上がりに上がって、気持ちの入った良い演奏だったと思います(特に悲愴)。また、エルガーも良いですね。変奏曲というと、アマではブラームスのハイドン変奏曲が定番ですが、Va、Vc、Flなどのソロ部分も結構有るので、オケのメンバーにとっても弾きがいがあるのではないでしょうか(Orは使用せず)。

最後に今日感じた(ちょっと不思議な)3点です。
①悲愴の展開部前のpppppp:Fgがそのまま吹いていたと思います。CDも含め多分初めて。
②途中でオケの音が一変:錯覚かもしれませんが、悲愴の第1楽章の第1主題の再現部辺りから、オケの音が急に溶け合って良く響き出したように聞こえました。
③悲愴の第4楽章第1主題のオーケストレーション:あの第1Vnと第2Vnが交互に弾く”天才的”といわれるオーケストレーションですが、今日はその効果がハッキリ判りました。指揮者が意識的にそう弾かせたのだと思います。



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かなり前のN響アワー(アナウンサーは岩槻里子さんでした)で、残された直筆槁から完成するまでの作曲家の苦労の跡を追ってみるという企画が有りました。


流れるように流麗なチャイコフスキーの悲愴交響曲の第2楽章(ご存じ元祖「5拍子のワルツ」です)も、スケッチの段階では随分と書き直されていたのは少し意外でした。さらに意外というかビックリだったのが、ブラームスの交響曲第4番第1楽章の冒頭。2音からなる導入音も検討されていたようです。


いきなりあの切ないテーマで始まるのにスッカリ慣れていることもありますが、西村朗氏がピアノで再現したのを聴いた限りでは、どうも取って付けた感が否めず、いきなり開始の方が断然良いなと思いました。


逆に2音追加は、ベートーヴェンのピアノソナタ、ハンマークラヴィーアの第3楽章の出だし。こちらも切なく泣かせる楽章ですが、出版の間際に追加された最初の2音がまことに効果的。前の躍動的なスケルツオから雰囲気をガラリと変え、深遠で荘重な世界に聴き手を一気に引き込みます。


そう言えば、ベートーヴェンの英雄交響曲、ラズモフスキー第2番、ブラームスの悲劇的序曲も2音の導入音で始まりますね(他にも有りそうですが…)。これらの2音、何れも有った方がもちろん良いと思いますが、ハンマークラヴィーアの3楽章の絶妙さには敵わないのではないでしょうか。





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